自腹批評

テレビ番組制作者が自腹で鑑賞したエンタメ作品を批評

この世界の(さらにいくつもの)片隅に

ロング・バージョンとか、ディレクターズ・カットとか、特別篇とか、完全版となどと呼ばれる映画の別バージョンは基本、どんなに監督やプロデューサー、主演俳優などが元々意図していた通りに作られたとしても、劇場初公開バージョンよりは出来が悪いというのが相場だと思う。

保管状態が悪くて紛失したシーンとか、その国の検閲に引っかかったり政治的圧力に忖度したりしてカットされた場面とか、そういうのを復元するという意味での完全版は別だが、それ以外の別バージョンはぶっちゃけ、監督なりプロデューサーなり主演俳優なりのマスターベーションでしかないと思う。

色んな人の意見が入ったり、興行上の制約があったりと、様々な条件をクリアした上で世に出た初公開バージョンが、特定の人間の独断で作られたバージョンより精査されているのは当然だと思う。

本作も、監督や配給会社などが「この世界の片隅に」のディレクターズ・カット的な作品ではなく新たな作品みたいに主張していたので、正直なところ、「例のマスターベーション・バージョンか…」と思った。しかも、アホみたいに長くなっているし…。

ところが、実際に見てみたら、オリジナル版よりも出来が良かった。しかも、2時間48分という長さも感じなかった。

オリジナルは正直、マンセーする人が多くて、そこまで、絶賛する作品じゃないでしょと思っていた。同じ2016年に成功を収めたアニメ映画「君の名は。」や「聲の形」を受け入れられない人が逆張りマンセーしているだけではとも思えた。

オリジナル版がそこまで絶賛する作品ではないと思ったのは、政治的主張が右にも左にも突っ込まれないように作られているという感じがしたからというのが最大の理由。

そのせいで、主人公が右手を失ったことに関する描写が表面だけのものに思えたりもした。まぁ、その政治性の曖昧さのおかげで、キネ旬でも秘宝でも評価されるという珍しい作品になれた部分はあるのだろうが。

しかし、今回のバージョンは、右寄りの思想の人が見れば左に寄っていると思われるシーンもあるし、左寄りの思想の人が見れば右に寄っていると思われるシーンもあった。

反米的な主張もオリジナルよりは強調されている気がする。

そして、主人公が右手を失ったということがしっかりと描かれているような印象に変わった。それが、右寄りにしろ左寄りにしろ、政治性を増したように感じる要因の一つだと思う。

それから、日常シーンもオリジナル版より強調されたように感じる。その結果、社会情勢と日常生活を並列して描いた「幸福路のチー」や「ブレッドウィナー」などといった今年日本公開された海外アニメーションともリンクする内容になったと思う。

それにしても花澤香菜は新海作品のみならず、ここにも出てくるのか…。

そういえば、オリジナル版公開時に、仕事先の人と映画のヒットのおかげでテアトルの株価が好調だという話から、「この映画を見た」と言ったら、「意外」と言われたが、アレはどういう意味だったのだろうか?

アニメ映画を見るような人間に見えない?

映画館に行くような人間に見えない?

実写・アニメ関係なく社会的な映画を好きなようには見えない?

どれだったんだろうか?

 

それにしても、今年は長尺の映画が多かったな…。

マーティン・スコセッシ監督の「アイリッシュマン」の3時間29分をはじめ、同じく賞レースを賑わせているクエンティン・タランティーノ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」が2時間41分。これの「エクステンデッド・カット」(拡大版)が2時間51分。まぁ、スコセッシやタランティーノは長尺の映画が多い監督だから、この辺は通常運転なのかもしれないが…。

今年はこういうカットできない病の大物監督の賞レース向き映画ではないジャンルの作品でも、長尺ものが多かったからな。

アメコミ・ヒーロー映画の「アベンジャーズ/エンドゲーム」は3時間1分。「IT/イット THE END “それ”が見えたら終わり」はホラー映画としては異例の2時間49分。

ホラーといえば、同じスティーヴン・キング原作の「ドクター・スリープ」も2時間32分と長かった。

そして、この「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」もアニメ映画としては異例の2時間48分。

まぁ、どれも尿意には勝てたが。

おかげで、当初はシリーズ最長になるかもなんて言われていた「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」が2時間22分でおさまったのが短く感じるほどだ…。

 

昔は、長尺の映画にはインターミッション(休憩)があるのが普通だったのに、いつの間にか、なくなったよな。定員入替制がデフォルトになり、回転率を上げるにはインターミッションの時間がもったいないってことなのかな?

集中力とか体力、尿意などを考えれば、2時間半までが限度だとは思うんだよな。

舞台なんかだと、休憩なしで一気に上演するのは2時間半以内の作品だし、コンサートであれば、アンコールを除けば、だいたい2時間半程度におさまっているしね。

昔の映画でいえば、「2001年宇宙の旅」なんて、本編は2時間21分しかないのに、インターミッションあったんだよな…。あの意味不明な作品を見るには頭を休める時間が必要ではあるが…。

まぁ、映画マニアはインターミッション中に流れる曲も聞きたいから、結局、トイレ行ったり、飲食したりせず、5分なり10分なりの間ずっと座席についているから、インターミッションがあろうとなかろうと長時間拘束にはかわらないんだけれどね。

 

とりあえず、長尺作品が増えたのは、劇場ではなく、配信とかブルーレイ・DVDで一時停止しながら見る人が増えたってのも影響しているんだろうし、編集がフィルムでなくデジタルになり、映写の手間などが簡略化され、今つないだ部分だけを再生するってのが楽になった=全体の長さを気にしなくなったってのもあるのかな。

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