自腹批評

テレビ番組制作者が自腹で鑑賞したエンタメ作品を批評

新型コロナウイルス感染拡大は鬼滅効果なのか?

どう考えても、新型コロナウイルスの感染者の増加は記録的特大ヒットとなっている『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の影響だと思う。感染者数の増加傾向が明白になったのは10月下旬から11月上旬であり、これは「鬼滅」の公開日(10月16日)から約2週間とほぼ一致している。

確かに映画館、特に日本のシネコン(ミニシアターや名画座には怪しいところもあるが)の換気システムは優れていて、マスクをして黙って見ていれば感染するリスクは少ないとは思う。

でも、こういう大ヒット映画というのは、お一人様の観客よりも2人以上のグループで来場する観客の方が多い。

上映中は静かにしていても、上映前は座席でずっと会話しているし、さらにいえば、座席につく前にロビーでも延々と会話をしている。しかも、ロビーはいわゆる“密”になりやすい。入場時には行列もできるし、ましてや、グッズを買う人などは決して広くはない売店に列を作ったりもしている。

そして、グループ来場者はお一人様の観客に比べて、ドリンクやフードの購入率が高い。いくら、座席へのフード持ち込み禁止といっても、ロビーではフードを食べるし、座席では禁止されていないドリンクを飲んだりする。そして、そういう飲食時にはマスクを外し、連れと会話をしている。どう考えても、感染リスクは高まっている。

 

さらに、連れと来ているということは、大抵の場合、映画館を出た後に別の場所へ行っている可能性が高い。

飲食店ではマスクを外し、長々と映画の感想を言い合っているのではないだろうか?

あるいは、LiSAの曲を歌いたくなり、カラオケで熱唱し、ツバを飛ばし合ったりしているのでは?

もしくは、カップルの場合は、ラブホで濃厚接触をするというケースも多いのでは?

風俗の場合は、客も嬢もイソジンなどでうがいしてから、プレイに臨むけれど、一般はイソジンなんて持ち歩いていないし、おそらく、単なる水でのうがいすらせずに性行為に及んでいるのでは?

そりゃ、ウイルスに感染しますよ…。

 

このように誰が考えても、感染者の増加は“鬼滅効果”なのに、そうとは言えない雰囲気が蔓延している。“キメハラ”なんて言葉があるくらい、鬼滅批判できない空気が醸成されている。

アニメ、映画、原作問わず全く鬼滅に触れたことがない人、あるいは触れてはいるが面白いとは思わない人。そういう人を老害扱いする風潮が高まっているので、そういう扱いをされたくがないために“コロナ感染拡大は鬼滅上映館で密になったせい”“鬼滅の映画を見た前後の行動でウイルスに感染している”と思っていても指摘できない雰囲気が圧倒的だ。

また、マスコミも“鬼滅効果”のおこぼれに預かりたい。テレビ版の2期があるなら、うちで放送したい。劇場版をうちで放送したい。そういう思いがあるから、批判できない状況になっている。

 

でも、どう考えても、“鬼滅効果”なんだから、せめて、“映画館では上映中に限らず、ロビーでもお静かに”とか、“映画を見終わったら、寄り道せずにに帰宅を”とか呼びかけるべきだと思う。

 

あれだけ、Go Toを批判しているパヨクやリベラルも、鬼滅による“密”醸成に関しては批判しない。確かに、パヨクやリベラルには、ネトウヨ以上に“経済を回せ”論者が多い。だから、関連業界の景気を良くしている鬼滅を批判したくないというのもあるのかもしれない。

また、Go Toのように、自民党の政治家連中が中抜きしたり、キックバックを受けたりする案件にもなっていないし、支援されるはずの店舗側(Go Toでいえばホテルや飲食店)の手間が増えるばかりで、儲かるのはサイト運営というおかしな状況にもなっていない。そして、何よりもパヨクやリベラルが何でも反対したくなる自民党案件ではない。でも、ウイルスを拡散しているのはGo Toも鬼滅も同罪なんだから、ここは両方とも批判すべきなんだよ。パヨクやリベラルが嫌われるのは、こういうダブルスタンダードが多すぎることなんだよね。

芸能人の性的問題を批判するにしても、おっさん俳優だと猛烈に批判するのに山下智久だと擁護するとか、交通事故でも、おっさん俳優だとバッシングしまくるのに伊藤健太郎だと擁護するとか、そういうのが本当、多い。結局、鬼滅を批判しないのも自分たちが好きだからでしょ。いい加減にしろ!

 

ちなみに自分は、この『劇場版「鬼滅」』、面白いとは思うが、そんなに大絶賛する作品ではないと感じている。要は昔の東映まんがまつりだと思う。見た時には面白いと思うが、別に自分の人生には影響しないというタイプの作品。「コナン」や「ワンピ」、「ドラゴンボール」の劇場版と一緒。テレビドラマの劇場版とも一緒と言っていいと思う。今年ヒットした作品でいえば、「コンフィデンスマンJP」や「今日から俺は!!」もそう。確かに見た瞬間は面白いと思う(「ワンピ」の映画はつまらないと思う)が、所詮はテレビスペシャルなんだよね。

こんなことを言うと、「これだから映画マニアは…」って言われてしまうかもしれないが、この程度の作品を生涯最高の作品なんて言っている人は、真面目に映画やアニメを見たことがない人なんだなって思う。

 

とりあえず、鬼滅上映館は最低でも市松模様の座席販売に戻し、フードの販売は中止にすべきだと思う。本音を言えば、今すぐ上映中止にすべき!

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AKB48、紅白歌合戦落選に思うこと

本題の前に少々。

正式デビューが12月のNiziUは百歩譲って、正式デビュー前の配信楽曲がヒットしているからいいとしても、改名後の再デビューが12月の櫻坂46の出場はナシでしょ!それとも、欅坂時代のラストシングル(配信シングル)と櫻坂の第1弾シングル(CDシングル)をメドレーにでもする気なのか?

まぁ、TWICEが紅白に出られないのは仕方ないよなとは思う。オンライン中継じゃ画がショボいし、かといって、TWICEのためだけに韓国に中継機材なんて出したらネトウヨが騒ぐからね。

 

そして、本題。AKBが紅白出場を逃したが、これって、長いこと“終わりのはじまり”と言われていたAKBも遂に、本格的な人気凋落が現実になったということなのかな。

 

AKBのCDシングルのミリオンセールスは実質、支店メンバーの握手会動員で成立していたものだから、コロナ禍でメンバーの移動に制限がかかる現状では、支店メンバーを駆り出すことができない=CDを出せないってことだから、紅白落選は当然だと思う。

AKBの現時点での最新CDシングル「失礼、ありがとう」の売上枚数を約118万枚として、各支店の最新シングルの売上枚数と比べてみると(数値は四捨五入)、SKEが33万枚、NMBが21万枚、HKTが20万枚、NGTが11万枚、STUが18万枚となる。このうち、SKE以外はコロナ禍になってからのリリースだが、オンライン開催などの代替イベントでしのいでいて、暴行騒動が起きたNGT以外は何とか微減で抑えている。

つまり、上記の数値を参考に単純計算すると、支店メンバーを動員せずにAKBメンバーだけでCDを出せば、握手会のかわりの代替イベントを開催したとしても、15万枚程度しかCDを売ることができないということになってしまう。(勿論、支店との兼任オタもいるが、とりあえず単純計算ということで)

同じ握手会でCD売上を稼いでいる乃木坂は、コロナ禍になってリリースした配信シングルのうち、「Route 246」を何とかBillboard JAPANのトップ10内に入るくらいのヒットにはしたが(通常のCDシングルでリリースした楽曲に比べれば低い順位だが)、AKBはコロナ禍でリリースした配信シングルが話題にならなかった。卒業メンバーを動員したにもかかわらず。

乃木坂みたいに配信でも、まずまずの成績を残せれば、握手会なしでもCDリリースのメドがたてるが、配信では全く話題にならないとなると、CDリリースのメドがたたない。支店メンバーを動員できないと15万枚程度の売上になる恐れがある。118万枚の次が15万枚じゃ、人気凋落のインパクトが強すぎる。そりゃ出せないよねってなる。そして、新曲を出さなきゃ、チャートや音楽番組にも顔を出さないから、存在感がない。そりゃ、紅白落選も当然だよねってところかな。

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日本沈没2020 劇場編集版 シズマヌキボウ

深夜アニメの劇場版ではおなじみの総集編映画を配信アニメでもやってみましたって感じの作品。

まぁ、通常の深夜アニメの総集編映画は1クール12〜13話を2時間以内にまとめるというパターンが多いが(2クールを1本にした作品や、2クールを5本にする計画の「Gレコ」とか、1クール12話を2本にした「まどマギ」のような例外もある)、本作は全10話の配信作品を2時間30分超の総集編映画にしたものと若干、イレギュラーな作りになっている。

配信作品なので、テレビ放送枠を気にしなくていいことから、最終話は他のエピソードより尺が長くなっているという連ドラみたいなことをやっているが(連ドラは最終話よりも初回が長い方が多いが)、それでも、全10話の尺を合わせて、ダブっているオープニングやエンディングを削ったりすれば、だいたい3時間半くらいの作品だから、それを1時間程度しか削っていないというのは、通常1クール総尺4時間くらいのシリーズを半分くらいの尺にする総集編映画に比べると異例の長尺だ。

 

ダイジェスト感を少なくする狙いというのもあるのだろうが、配信版が不評だったので、改めて世に出す機会を欲しかったってことなのかな?

 

「スタッフに中国人や韓国人の名前があるから、これは反日作品だ」なんて主張をする無知なネトウヨの意見は無視していいと思う。政治思想的の面ではネトウヨと親和性があっても、アニオタの多くにとって、日本のアニメに中国人や韓国人が関わっているのは周知のことであり、彼等がいなければ作品が完成しないのも分かっている。だから、そういうスタッフが参加した日本のアニメを反日作品なんて呼んだりはしない。そして、中国のアニメ映画「羅小黒戦記」が好意的に受け取られているように、政治は政治、エンタメはエンタメ、アニメはアニメと別腹で楽しんでいる人間が多い。自民支持なのにK-POP好きな若者、嫌韓なのに焼肉やキムチ鍋が好きな中高年と一緒。何でもかんでも一緒にするのはネトウヨをこじらせた老害だけだから、そういう連中の意見は無視していい。

 

ただ、そうは言っても、作中の政治的メッセージに一貫性がないのも事実だった。拝外主義の批判や大麻容認、LGBTQや障害者の描写を見るとリベラル的、左翼的なのに、最終話では突然、安倍政権のスローガン“美しい国・日本”みたいな展開になってしまい、右からも左からも批判される内容になっていた。

まぁ、政治的な一貫性がないのは、いかにも日本のエンタメって感じではあるんだけれどね。サザンオールスターズは当時の安倍政権をはじめとする大国の首脳を批判した「ピースとハイライト」という楽曲を2013年にリリースしたが、この曲のカップリング曲「蛍」は典型的なネトウヨ思想の老害とも呼べる作家・百田尚樹原作の映画「永遠の0」の主題歌だからね。欧米のアーティストだったら、こんな組み合わせの曲を同時にリリースするなんてありえないしね。

 

そういう政治的論議よりも、本作が酷評された要因は、ツッコミどころ満載な展開が多かったことにあると思う。屈強な人物が唐突に死んだり、記念撮影をすると誰かがその直後に命を落としたり、第1話から主人公がケガをしているのは明らかなのに延々と放置していて、最終的には脚を切断することになるなんてのも酷い。主人公をパラリンピック出場のアスリートにするためのご都合主義でしかない。障害を利用するなって言いたくなる。先輩や弟の治療シーンはあったんだから、主人公だって治療できたはずなのにね。

そして、わざわざ3話にもわたって大麻パーティーを繰り広げる新興宗教集団を取り上げたのも意味不明。さらに終盤戦になって、いきなり主要キャラがラップ・バトルを展開するのも意味不明。そりゃ、酷評されるよって感じだった。

 

それから、ネトフリ作品ということで日本のスタジオの作品よりも予算が潤沢にあるはずなのに、止め画が多いし、シーンによっては、本当に同じ人物?って思うくらいキャラデザが崩壊しているってのも酷評された理由だと思う。

 

あと、日本のエンタメ作品では権利関係をクリアにする時間も金もないという理由で実在の企業名などがまがいものみたいな名称で出てくることが多いが、Googleはまがいものの名前に変えられているのに、アマゾンやスタバはそのまま出てくるというのも意味不明。だから、酷評されるのも仕方ない作品なんだと思う。

 

で、この総集編映画でそうした問題点が解決されたかというと、そうでもなかった。というか、ご都合主義だらけというのが改めて実感できた。

都合よく、はぐれた仲間と再会したり、機材を見つけたりとかね。

 

あと、因果応報みたいなことを言いたいのかどうかは知らないが、同級生を見捨てたり、避難の旅の仲間に有毒ガスを吸わせてしまった贖罪として主人公の片脚を切断させたり、立入禁止区域で山芋掘りをした罰として父親が不発弾に巻き込まれて死亡したり、自己責任を主張する連中の方が危険な目にあったり、ネトウヨ思想全開の連中のフロートが座礁したりとか、そんなのばかり。思想の左右問わず、少しでも問題のある行動をした人間は代償を払うという展開はどうなんだろうかと思った。総集編としてまとめて見ると、しつこいくらい、そういうのが続くので、いい加減にしろって思った。自分は配信版では何日かに分けて見ていたから、そうは思わなかったけれど、一気に見た人はそう思ったんだろうなというのを痛感した。

 

あと、配信版にはネットでネタにされたていた、美味しいカレーの味の正体は“出汁”に大麻を使っていたからということが明かされる大爆笑シーンがあったが、今回の総集編ではカットされてしまっていた…。余程、ネットでネタにされたことを気にしていたんだね…。

にもかかわらず、その後、登場人物の1人が大麻を吸って、キメた状態でDJをするシーンは残っているんだから意味不明だよな。

まぁ、大麻という言葉は一切出てこなくなってはいるけれど、描写自体を全カットしたわけでもないんだから、中途半端だよね。

 

それから、本編でカットされたシーンを終盤の回想シーンで入れるのはダメでしょ!

 

そして、大麻カレーと並び、ネットでネタにされたシーンといえば、ラップ・バトルだが、こちらのシーンはカットされていなかった。そして、このシーンを改めて見て違和感の原因が分かった。

“○○があるのは日本だけ!さすが美しい国・日本!”みたいなことを主人公が言い出したことがきっかけでラップ・バトルが始まったのに、その主人公が“日本にも世界にも良いところはあるし、悪いところもある”なんてぬかして、話をまとめているんだよね。それ、お前が言うか?って感じ。

まぁ、あのシチュエーションでラップ・バトルをすること自体、意味不明だけれどね。

 

 それにしても、総集編映画という配信されたものとは異なる形での上映とはいえ、ネトフリ作品がこれだけの規模で公開されるのは異例だな。

賞レースを賑わせているということで配信済みなのに劇場公開された「ROMA/ローマ」はミニシアター系の劇場やイオンのシネコンなどでの上映に限定されていたし、去年の秋から年末、そして、今年も秋から年末にかけて、賞レースを賑わせそうな作品を中心にネトフリ映画が劇場上映されているが、やはり、イオンのシネコンアップリンクなどミニシアターでの上映が中心となっている。

コロナの影響で劇場公開を断念し、ネトフリ作品として世に出た「泣きたい私は猫をかぶる」は今秋やっと劇場公開されたが、やはり、ミニシアターでの上映が中心となっている。つまり、いずれのケースでも、東宝東映・松竹の邦画大手3社の運営するシネコンでは上映されていなかった。邦画大手3社からすれば、配信は劇場から客を奪う敵という認識なんだろうと思う。

まぁ、これは仕方ないのかもしれないが。米国でも「トロールズ」の続編をコロナ禍では劇場公開しても想定していた利益が見込めないとして、劇場公開と同時に配信したところ、大手シネコンチェーンが反発したし(その後、和解し劇場公開作品の配信のルールが新たに作られた)、ディズニーの実写版「ムーラン」の劇場公開が見送られた際には、フランスの映画館のスタッフが激怒し、宣材を破壊したりもした。また、日本では「劇場」が劇場公開と同時に配信したために、映画扱いされない=賞レースで不利になるという問題も起きている。

まぁ、配信が映画館にやってくる観客を奪っている部分は多かれ少なかれあると思うので、映画館がそういう配信作品を敵だと思うのは当然といえば当然だと思う。

ところが、本作はネトフリ作品としては異例ともいえる規模での公開となっているし、しかも、TOHOシネマズでも上映されているんだよね。これには驚いた。まぁ、ネトフリで配信されているものとは異なるバージョンということで映画と見なしているのかな。あと、ネトフリの配給でなくエイベックスの配給になっているということで大手シネコンも受け入れやすいってことなのかな?

 

「泣きたい私は猫をかぶる」の劇場公開版でも、冒頭と最後にネトフリのロゴは出てこず、エンド・ロールにひっそりとin association with Netflixとクレジットされるだけだった。ネトフリの日本作品を劇場公開する場合には、そうしないといけない決まりでもあるのかな?国内の各種団体に映画扱いされてもらいための忖度?

 

ところで入場料が特別料金の1800円となっているが、コレって一般料金で鑑賞する観客にとっては特別でもないし、それどころか、TOHOシネマズで鑑賞すれば、100円割引きになっているんだけれど…。学生料金の観客がターゲットだから、特別料金と主張しているってこと?

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LAWSON presents 麻倉もも Live Tour 2020 "Agapanthus"

夏に予定されていたTrySailのライブは2公演分チケットが当選していたのに中止になってしまった。また、TrySailとしてのものや麻倉もものソロとしてのものも含めたCDのリリースイベント系の類には開催の有無があやふやになったものもあった。なので、やっと、今回、もちょのライブを初体験することができた。幕張メッセでライブは何回か見ているが、イベントホールで見るのは実は今回が初めて。展示ホールで開催のライブは座席に段差がないから見にくくて仕方ないが、イベントホールは普通のアリーナクラスのコンサート会場って感じかな。

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とりあえず、一番の感想はもちょが可愛いというのを除くと、自分が見たアニソン系アーティストのライブではMCの時間が最も短い部類に入るものだと思ったってことかな。アニソン系のライブだとアンコールも含めた本当に最後の曲が終わった後に30分近くMCをする人もいて、本当、締まりが悪いなって思うことが多いが、今回は普通のアイドルのライブくらいのMCの量だった。
コロナ禍ということを考慮し、唾液が飛び散るMCの量を減らしたのかな?彼女のライブは初参戦なので、通常の量が分からないので適当なことを言っているけれど。
ただ、コロナ禍というのを考慮したのだったら、花道はいらないよねとは思った。アイドルや声優のライブでは、トロッコで場内をまわり、アリーナ後方やスタンド席の観客にサービスするのが定番になっていたが、コロナ禍ではやらなくなっているので、花道も同様の観点からすればやらなくて良かった気はするかな。

 

ところで、ふと思うんだけれど、コロナ禍のライブでは観客の発声禁止ってなっているけれど、開演までは延々と会話しているわけだし、あまり意味ないのでは?あと、コールとかのかわりに拍手や手拍子をって呼びかけているけれど、熱気ある会場だったら拍手や手拍子をすると汗も一緒に飛び散ると思うのだが…。

観客といえば、アニソン系のアーティストのライブって、お決まりのコールなどがあって、そのアーティストのライブ初参戦の者にとってはアウェー感に陥ることも多々あるが、コロナ禍によって本番中の(本番前もそうした方がいいと思う)発声が禁止になったことでアウェー感はだいぶ減った気がする。

 

話は元に戻るが、もちょのMCの内容で一番印象に残ったのは、“気になることがあったり、寝なくてはと思うと寝れなくなる”と話していたことかな。自分と同じだ…。

 

セトリに関していえば、シングル曲は一通り聞けたし、最新アルバム『Agapanthus』のタイトル曲や感動の名バラード「今すぐに」も聞けたので満足。まぁ、席はイマイチだったけれど。モニターも小さいからモニターを通してでも表情は把握しきれなかった。

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以下、今回の公演に関する運営側に対する不満。

 

グッズ付きの座席以外は同じ入場料で、ただ単に運営側の都合で勝手にアリーナ席にされたり、天空席にされたりしているだけなのに、ステージからの位置が悪ければ悪いほど入場開始が開演ギリギリになるというのは、いくら、コロナ対策とはいえ納得がいかないな。つまり、悪い席にされた人間は、なるべく会場内にいてほしくない、ばい菌扱いされた人間ってことでしょ。ギリギリの入場ならトイレも入れないから、菌もばらまくことはないってことでしょ?何か、そうひがみたくなってくるな。
まぁ、最近のオタク系ライブによくある女子に人気、若者に人気をアピールするために、ある程度年のいった男はハジに持っていっているのかな?しかも、退場まで後回しだからな…。

 

それから、COCOAをダウンロードしていない人間は入場不可ってのも酷い。(ダウンロードしていない人間はアンケート票に署名しなくてはいけない)あんな何の役にも立たないアプリなんて意味ないのに。政府に媚び売って支援してもらいたいのか?オタクとネトウヨの親和性が高いことから、赤松健をはじめとして、政権側に媚びを売る連中が多いが、COCOAの利用者増にまで貢献しているアピールとはね…。

 

さらに検温も酷い。髪の毛がちょっとでも額にかかっていると再検温させられるって何なんだ?基本、オタクを病原菌としか思っていないのでは?だったら、ライブなんて開催すんなよ!本当、腹立つな!

 

このままネガティブな感情のまま終わるのはなんなので、TrySailに興味を持ったきっかけについて話したいと思う。
最初に興味を持ったメンバーは「一週間フレンズ。」経由で雨宮天。その作品のキャラソンであるスキマスイッチのカバー「奏」で彼女に対する興味は増していった。
あと、雨宮天が清潔になったゆいはんみたいなルックスというのも興味を持った理由かな。一時期、ゆいはんがAKBグループの二推しだったこともあるし、総選挙で彼女に投票したこともあるしね。
そして、その雨宮天が参加しているということで、当然、TrySailも好きになった。
ところが、いつの間にか、“もちょ、可愛い!”の思いが募り(「カラフル」がきっかけかな?)、一推しになってしまった。
まぁ、雨宮天は今でも美しいと思うけれどね。
でも、何気に彼女とか妻にするなら、夏川椎菜が一番良いとか思っていたりもする。
何の話してんだ?

ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌

昼間に上映している劇場が他になかったので、普段は行くことのない街である吉祥寺で鑑賞した。

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住んでいる下町と職場のある都心部。そして、その両エリアにある繁華街が生活圏。つまり、現在は山手線より西側には縁のない自分(生まれは目黒区・2歳までは世田谷区民だったらしい)にとっては、全く異なる世界という感じで、同じ東京とは思えない。地方都市に来たように感じるというのが正直なところだ。

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そして、アップリンク吉祥寺で映画を見たのも今回が初めてだ。渋谷のアップリンクよりも、広いし、キレイだし、スクリーンサイズも極小ではない。椅子も座りやすい。渋谷のようなキャンプ場で使うようなやつや、カフェにあるようなやつみたいな映画鑑賞に適さない椅子ではない。トイレだって、渋谷は昔の公衆便所みたいな感じだが、こちらは清潔だ。スタッフの見た目の印象も渋谷よりは明るい。アップリンクといえば、パワハラ(スタッフの訴えを見ると、セクハラと呼べるものもあった)問題があるが、その問題の背景にはかつて渋谷でミニシアター文化が栄えていた時代のことが忘れられずに、その時の気分のままで奢りのようなものがあったのではないかと思う。

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そんなアップリンク吉祥寺で鑑賞したのがNetflix映画の「ヒルビリー・エレジー」。2年前のアルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA/ローマ」、去年のマーティン・スコセッシ監督の「アイリッシュマン」に続いて、ロン・ハワード監督の本作もネトフリ映画になってしまうとは…。3人ともアカデミー監督賞受賞者なのにね。「ROMA」が賞レースを賑わせた際にスティーヴン・スピルバーグ監督は配信映画は映画賞にノミネートすべきではないみたいなことを言ったけれど、コロナ禍を迎えて考え方が変わったのか、彼の映画会社ドリームワークスは今年、アニメーション映画「トロールズ」の続編を米国では劇場公開と同時に配信したし、実写作品の「シカゴ7裁判」に至ってはネトフリ映画として世に出しているからね。

最近の欧米の感染状況を見れば、東アジアみたいに呑気に新作映画が大ヒットするような状況は望めないから、ハリウッドでは作品を公開延期したくない場合は、映画館が封鎖されたままのNYやLAを除いた劇場で公開するのと同時、もしくは、直後に配信。あるいは、ネトフリ作品みたいに配信に先がけて限定公開。もしくは、ディズニーに多い配信オンリーに変更って形で世に出すしかなくなっているような気がする。特に賞レース向きの作品はそうせざるを得ないんだろうな…。

今年度の賞レースは各賞、発表時期やノミネート資格の規定など色々とイレギュラーなことが多いし、劇場公開予定だった作品が次々とネトフリやアマゾンなどの配信行きになっているが、この調子だとアカデミー作品賞のノミネート作品の半分程度はネトフリ映画になりそうだな…。
日本で限定公開された「シカゴ7裁判」や本作。そして、年内に日本で限定公開予定の「Mank/マンク」なんてあたりは作品賞ノミネート有力だし、同じく日本で限定公開予定の「ザ・プロム」や「ミッドナイト・スカイ」にも可能性はある。そして、劇場公開されずに配信された「ザ・ファイブ・ブラッズ」にも可能性があるからね…。どうなるんだろ?

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ところで本作だが、母親役のエイミー・アダムス、祖母役のグレン・クローズは賞レースを賑わせるだろうなと思った。グレン・クローズは完全におばあちゃんだったけれどね。ただ、やたらとタバコを吸っていたし、ネイティブ・アメリカンをインディアンという古い言い方で言い直すような役だから、その辺がリベラル層に嫌われる可能性はあるかもしれないなとも思った。でも、そういう時代なんだから、仕方ないとは思うけれどね。

それにしても、祖母は13歳で妊娠したと言及されていたけれど、母親との年齢差をやけに感じたな…。母親の上にきょうだいがいるのかな?
とりあえず、本作を一言で言うと、ムカつくけれど、母親は母親。いくら自分に暴力をふるったり、迷惑をかけたりしても変わらないってことなんだろうね。まぁ、その気持ちは分からないでもないが。そういう点では今夏公開された邦画「MOTHER マザー」に通じるものもあるのかなと思った。酷い母親役の演技が素晴らしいのも共通しているし。

そして、この母親は学年2位を獲得するほどの頭があるのに成功できなかったということだが、何か学年1位を取ったこともある自分と重なってしまった。もっとも自分は1位の次に100位以下に落ち、その次はトップ20内みたいなムラがあったが。

 

そういえば、本作は1997年で始まるが、コレって民主党クリントン大統領が2期目に入った年ということも関係あるのだろうか?次の大統領選では投票結果がなかなか確定しないグダグダ選挙の末、ブッシュ息子が当選し、共和党政権になり、911が起こり。イラク戦争へと突入していったが、そうなる前の呑気な時代というイメージだったのかな?つまり、本作の製作中にはトランプ再選の可能性が高かったので“平和な民主党時代に戻ろうよ”というハリウッドのリベラル的なメッセージを送ることも念頭にあったのかもしれないな。

 

そして気になったことが一つ。多くの曲が使われているんだけれど、ほとんどがノイズ扱いで聞き取りにくく、エンド・クレジットを見て、“どこで使っていたの?”って曲が多かった。
母親がトリップ状態の時にバナナラマの「ちぎれたハート」がホラーっぽいアレンジで使われていたのは良かったと思うけれどね。
あと、ホイットニー・ヒューストンの「すてきなSomebody」。別にこの曲がリリースされた1987年のサウンドトラックとして使用していたわけではないが。そういえば、1986年から88年くらいって、ラジオをかければ、マドンナかホイットニー、時々、ジャネット・ジャクソンなんてあたりばかりで、食傷気味になっていたのも事実なんだよな…。89年あたりから、そういうのはなくなったけれどね。各アーティストの音楽に社会的メッセージが入るようになった影響もあるのかな?ちなみに、この時期にやたらとかかっていた女性ソロ・アーティストでも、シンディ・ローパーは“もういいよ!”状態にはならなかったな…。

 

音楽といえば、スコアはハンス・ジマーが担当なのか。「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズやアメコミ映画など超大作のイメージが強いけれど、映画音楽作曲家として名前が知られるようになった当初は、「レインマン」とか「ドライビング MISS デイジー」といったヒューマン・ドラマ系をやっていたんだよなというのを思い出した。

ホテルローヤル

ホテルローヤル」をTOHOシネマズ錦糸町で鑑賞。ラブホ街もあり、風俗やメンズエステが盛んな街でもある錦糸町で見るのにふさわしい作品だと思う。

都内では錦糸町以外では、この作品を見るのにふさわしいといえる街は、新宿・池袋・渋谷なんてあたりかな。上野は鶯谷御徒町も含めたエリアを上野と呼ぶのであれば、その中に入れてもいいかなって感じかな。TOHOシネマズは名称は上野だけれど、駅でいえば御徒町だしね。でも、作品の若干マイナー調な雰囲気と合うのは断然、錦糸町だと思う。

 

ラブホや風俗といえば、シティヘブンのホームページでサーバーダウンが発生した問題はいまだに解決していないようだ。

サーバーダウンが起きたのはAKB48総選挙の風俗嬢版ともいえる「ミスヘブン」の地方投票の投票期間最終日の直前だったこともあり、最初は、客の投票が異様に集中したことが原因ではないかと思ったりもした。コロナ禍になって、握手会などの接触系イベントが壊滅状態になったドルヲタにとって、アイドル好きが増えている最近の風俗嬢は、会いに行けるアイドルの代替になっている部分もあったと思っていたので。

しかし、サーバーダウンの原因が公式からDDoS攻撃によるものだと発表された。なので、風俗好きドルヲタによるアクセス集中のせいであるという可能性はかなり減ってしまった。となると、特定の候補を勝たせたくない、もしくは、特定の候補を勝たせたいという勢力によるサイバー攻撃なのかなとも思うようになった。

ただ、いまだにサーバーが不安定な状態が続き、地方投票最終日のやり直しのスケジュールも決まっていないところを見ると、単なる特定の候補のためにやっている攻撃には思えなくなってきた。フェミ的な主張をする人たちの中には、自分たちの理想から1ミリでもずれた考えは認めないという勢力がいる。そういう人たちは過激化していて、何でも排除しようとするが、そういう勢力が攻撃しているようにも思えてきた。

 

それはさておき、本編には何人もの女優が出てくるが、乳房・乳首を見せる女優やベッド・シーンを演じる女優がいる一方で、波瑠はスリップ姿のみだし、伊藤沙莉は後ろ姿で前をはだける仕草を見せるだけ。それはどうなのよと思った。

それから、女子高生役の伊藤沙莉の制服姿は風俗嬢のコスプレにしか見えない…。そして、話の展開からすれば、舞台となったラブホがつぶれる要因はこの女子高生と教師の無理心中であり、遺体は手を握り合っていたんだから、おそらく映画で描かれていないシーンで2人の距離が縮まっていたのではないかと思う。なので、乳房・乳首は見せなくてもキス・シーンくらいは見せても良かったのではないかなと思った。

 

あと、この作品、主人公が高校生時代の時はテレビもブラウン管だったのが、途中からは地デジになっているし、携帯もスマホになっていた。

つまり、かなりの年月が経っていると思われるのだが、波瑠の見た目がほとんど変わらないのでわずか、1、2年の話にしか見えないのも欠点だと思う。それから、途中で出てきた八百屋の2代目の同級生と話していた同窓会の話の続報が何もないのもどうかと思った。

また、予告ではオムニバス的な作品なのかなとという風にも見えたが、中年夫婦のエピソードも女子高生と教師のエピソードも主人公たちが経験する出来事の一つでしかなかった。

そして、現在と過去が同じ画面に同居する終盤もどうなんだろうという感じがした。主人公が車で去っていくシーンにそれらが被さる感じで描かれていたが、もしかすると、その曖昧な描写と車の組み合わせで、ふと、映画化もされたデイヴィッド・ベニオフ「25時」を意識したのかなとも思った。

 

 とりあえず、この映画は夜勤明けでは見ない方がいいと思う。夜勤明けの生命力が弱り、勃○しやすい体調で見ると、見終わった後に、デリヘル呼びたくなるから要注意かな!

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デート・ア・バレット ナイトメア・オア・クイーン

前編も後編も30分以内の尺しかなくて、前後編合わせても55分程度。長編の規程は賞などによっても色々と違うが、一般的には前後編合わせても中編と呼ばれる尺だ。それなのに、別々に上映され、それぞれ1300円の入場料金を取られる。2本まとめて上映し、それで1300円の入場料でもちょっと高いかなと思うくらいであり、正直なところ、ボッタクリと言いたくなるレベルだ。この“高額”入場料が現場のスタッフや声優に還元されていれば、まだチャリティに協力している気分になるが、どう考えてもそうではない。まぁ、コロナ禍で経営が厳しくなった配給会社や劇場(邦画大手3社や、その3社の運営するシネコンは除く)への寄付と考えれば、少しはボッタクリ被害にあった怒りもおさまるのかも知れないが…。

 

それにしても、EJアニメシアター新宿、色々と迷走しているな。チケットをQRコードにし、しかも、上映15分前までは観客をロビーに入れさせないというのは観客をバイ菌扱いしているのかな?客が利用できないロビーって何のためにあるんだ?
アニメシアターだから、オタクが集まる。オタクはロクに風呂にも入らない。ネトウヨ思想の人間も多いから、コロナは風邪と思っている。だから、なるべくなら寄せつけたくないってことかな?

 

そして、上映作品もアニメ専門ではなくなっている。本来は角川のアニメを上映する映画館だったはずだが、角川の実写映画も上映しているようだ。というか、その実写映画も邦画だけではなく、角川が配給する洋画も上映している。アニメシアターではなく、昔の角川シネマ新宿という呼び名に戻した方がいいのではないか?コロナで供給できるアニメも限られているから、こうなっているんだろうし。

 

そういえば、全然、作品の内容について触れていなかった…。まぁ、よくある展開だけれど面白かったです。前編を見た時はよく分からない部分もあったけれど、前編を見た上でこの後編を見れば、既に世界観等々を把握しているので、すんなり楽しむことができた。

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