自腹批評

テレビ番組制作者が自腹で鑑賞したエンタメ作品を批評

第63回グラミー賞

今回のグラミー賞、開催前で大きな話題となったのは、「コロナ禍で授賞式が3月に延期された上に無観客での開催になった」ということを除けば、「ザ・ウィークエンドが1つもノミネートされなかった」ことと「BTSがポップ部門にノミネートされた」ことだろうか。

 

まずは前者について。

 

ザ・ウィークエンドが開催時期の近いスーパーボウルのハーフタイム・ショーに出演したから、“競合番組”であるグラミー賞側が除外したという説もあるが、ブルーノ・マーズは2016年のハーフタイム・ショー(メインはコールドプレイ)にゲスト出演した翌週に開催されたグラミー賞の授賞式でフィーチャリング・アーティストとして参加したマーク・ロンソンの「アップタウン・ファンク」で最も重要な賞(カテゴリー・ナンバーで1となっている)である最優秀レコード賞を受賞している。メイン・アクトではないとはいえ、近年で受賞者がいるのだから、その説はあまり関係ないと思う。

 

また、ザ・ウィークエンドは自分が黒人だから無視されたと考えているのか、公正でない選考過程のグラミー賞は今後ボイコットするみたいなことを言っているが、それも違うと思う。今回のノミネートの顔ぶれを見れば、黒人や女性を評価しよう(優遇されていると言ってもいい)という動きになっているのは明らか。

 

確かに、去年、米国で一番ヒットした楽曲である「ブラインディング・ライツ」や同曲を収録したアルバム『アフター・アワーズ』が主要部門どころか、ポップ部門やR&B部門も含めて、どの部門にもノミネートされていないのは、音楽シーンを反映しているとは到底思えない。

 

それでは、何故、排除されたのかといえば、Black Lives Matterなどのムーブメントと連動した白人男性以外を評価しようという流れと「ブラインディング・ライツ」や『アフター・アワーズ』が合致しなかったからだと思う。

 

多くの人が「ブラインディング・ライツ」、「イン・ユア・アイズ」、「セイヴ・ユア・ティアーズ」といった『アフター・アワーズ』からのヒット・シングルを聞いた際に80年代っぽいって思ったのではないかと思う。また、日本の洋楽ファンで40代以上の人はブラコン(ブラック・コンテンポラリー)と呼ばれていた当時のジャンル名を思い出した人も多いと思う。ブラコンというのは黒人音楽を白人ポップ・ミュージック化したものだ。そりゃ、BLM機運の高まっている米国では、白人に媚びた音楽扱いされて評価されないのは当然だよねって感じ。

 

80年代、ヒット曲を連発していたライオネル・リッチーに対して、“黒いのは腹だけだ”なんて、日本のコアなソウル・R&Bファンが揶揄していたが(明らかに現在では人種差別発言だけれどね)、それと同じことでは?

 

そして、ポップ部門(グループ)でBTS「Dynamite」がノミネートされたのも、こうした白人男性以外を評価しようという流れから来ているのだと思う。

ただ、最終的にはレディー・ガガアリアナ・グランデのコラボ曲「レイン・オン・ミー」の受賞となったのは、アジア人とはいえ男性であるBTSよりも、白人であろうと女性であるガガとアリアナを評価する方が今の偏ったポリコレ熱が高まっている米国では優先されているということなんだと思う。

 

最近になって、やっと、米国でも“アジア系差別をなくせ”という声が出てくるようになったし、ゴールデン・グローブ賞で、台詞がほとんど韓国語の米国映画「ミナリ」が作品賞候補の資格を持てず、外国語映画賞の対象となったのはおかしいという声も上がった。

でも、何か歯切れの悪さを感じるんだよね。それって、米国でアジア系を差別している黒人が多いからだと思うんだよね。自分たちは差別されていると主張しながら、アジア系を差別しているのに、そのことに触れると今度は黒人差別だと叩かれてしまう。だから、モヤっとした感じになってしまうんだろうね。

 

そして、今回、BTSが受賞できなかったのも、「ミナリ」がゴールデン・グローブ賞で米国映画なのに作品賞の対象にならなかったことも、米国人の潜在意識の中で、アジア系差別問題は、黒人や女性、同性愛者の問題よりプライオリティが低いってことなんだと思う。

 

ところで、BTSのノミネートはアジア勢にとっては快挙だと日本や韓国のメディアが伝えているけれど、言い方は悪いがノミネートされたのは所詮、ポップ部門だからね。

過去には主要4部門に含まれる最優秀アルバム賞を受賞したアジア人、しかも女性がいるってことを忘れているよね。

『ダブル・ファンタジー』はジョン・レノンのソロ・アルバムと思っている人が多いかもしれないが、あのアルバムはジョンとオノ・ヨーコの連名によるコラボ作なんだよね。それを無視するとはね…。

まぁ、オノ・ヨーコの国籍は日本ではないらしい=日本人ではないから、日本のメディアは無視しているのかもしれないが、それだと、ノーベル賞報道の際の歴代日本人受賞者に関するくだりで、“外国籍を含む”という注釈を付けることと矛盾しているよね。

結局、日本のマスコミ業界をいまだに牛耳っている老害どもは、いまだに、ヨーコのせいでザ・ビートルズが解散してしまったって思い込んでいるんだろうね。だから、無視しているんだろうね。

 

それにしても、今回の受賞結果、ポリコレに配慮しまくりだったな…。主要4部門の受賞者が全てが異なるアーティストという珍しいパターンになったにもかからわず、その4人全てが女性ソロ・アーティストとはね!

 

まぁ、細かいことをいうと、最優秀レコードと最優秀アルバムはアーティストのみならずプロデューサーなども受賞対象者なので男性受賞者もいるし、最優秀楽曲はアーティストではなく作詞作曲家が対象の賞で、受賞者の中にはソングライターとしてクレジットされている受賞アーティスト以外にも男性プロデューサーもクレジットされているが、すごいことには変わりない!

 

しかも、白人2人(最優秀レコードがビリー・アイリッシュ「エヴリシング・アイ・ウォンテッド」で最優秀アルバムがテイラー・スウィフトフォークロア』)、黒人2人(最優秀楽曲がH.E.R.「アイ・キャント・ブリーズ」で新人賞がメーガン・ザ・スタリオン)とバランスも取れている。ジャンルもバラけているしね。

 

そして、ビリー・アイリッシュU2以来の2年連続最優秀レコード賞受賞!すごいな!

しかも、公開延期されている007最新作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」のタイトル曲=現時点では世に出ていない映像作品の主題歌で映像作品音楽部門の賞も受賞している。

 

それから、テイラーはまだ31歳なのに3度目の最優秀アルバム賞受賞。これもすごい!

 

H.E.R.は完全に賞レース常連って感じだよね。

 

ところで、いつから、メーガン・ザ・スタリオンっていうカタカナ表記になったの?ちょっと前までは英語表記をそのままカタカナにしたミーガン・ジー・スタリオンって表記だったのに…。

 

それから、先日亡くなったチック・コリアの受賞や、ゴスペル系の賞でカニエ・ウェストが受賞しているのもグッとくるね。結構、今回の受賞結果って妥当なのでは。

 

そういえば、今回って、毎年恒例のノミネート作品を集めたコンピ盤がリリースされなかったな…。

コロナ禍で開催日程が変更されたということや、そうしたご時世の中、CDのプレスや配送で人を動かすことに対する躊躇なんてのも理由なのかもしれないが、一番の理由は米国でコンピ盤が売れなくなったってのが大きいんだろうなと思う。

かつては、アルバム・チャート1位の常連だった最新ヒット曲集『NOW』シリーズも最近は全然売れないしね。

ストリーミングで音楽を聞くことが主流になった米国では、そうしたストリーミングサービスのプレイリストで、最新ヒット曲集とか、グラミー賞ノミネート曲集なんてのは聞けるから、わざわざ、フィジカルやダウンロードでコンピ盤を出す必要がないしね。

 

そう考えると、新曲が1曲も入っていないのに今年リリースしたベスト盤が全米アルバム・チャートで2位を記録したザ・ウィークエンドってすごいよな。

それだけ、ハーフタイム・ショーで改めて彼に注目した人が多かったってことなんだろうし、去年よく耳にした「ブラインディング・ライツ」以外の曲も改めて聞いてみようって思った人が多かったってことなんだろうね。

 

結局、ザ・ウィークエンドが1部門もノミネートされなかったのはやっぱりおかしいってことになるのかな…。

f:id:takaoharada:20210315134533j:plain