自腹批評

テレビ番組制作者が自腹で鑑賞したエンタメ作品を批評

Mank/マンク

市民ケーン」の脚本を手掛けた人物を描いた本作は様々な点で賞レースを賑わす作品になりそうだと思った。

 

まず、実話を基にした作品というのは賞レースで評価されやすい。

 

そして、エンタメ・アート・マスコミといったクリエイティブ職。つまり、同業者を描いた内幕ものも評価されやすい。
2010年代に限っても、
2011年「アーティスト」(映画)
2012年「アルゴ」(映画)
2014年「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(演劇、映画)
2015年「スポットライト 世紀のスクープ」(マスコミ)
2018年「グリーンブック」(音楽)
と半分の5作品がそれに当たる。


さらに、2017年「シェイプ・オブ・ウォーター」は映画館の上に住む女性が主人公だし、2016年にはエンタメ界を描いたミュージカル「ラ・ラ・ランド」がいったん、作品賞受賞作とアナウンスされながらも撤回されるハプニングもあった。
このように内幕ものは賞レースを賑わせやすい。まぁ、自分たちの業界の話だから、他の業界よりも作品内における描写の良し悪しを判断しやすいというのはあるのかもしれない。本作においても、とりあえず、オーソン・ウェルズは天才かもしれないが、人間としてはクソというのはよく分かったし。

 

それから、昔からユダヤ人もの、ナチス批判ものというのも評価されやすいが、本作にはそういう要素もあるので、これまた、賞レースで有利になるのではと感じる。それにしても、黒人の扱いに関しては当時の社会情勢をリアルに描写することも人種差別扱いされるのに、日本人やドイツ人の扱いは当時のままでいいというのは矛盾しているよね。何がBlack Lives Matterだ?ふざけんな!って感じだな。

 

そして、現在とリンクする政治経済に関する描写も賞レース向きと言えそうだ。トランプ大統領の当選が決まった2016年11月以降、米国のエンタメ系の賞は映画だろうと、音楽だろうと、演劇だろうと、反トランプの要素を持った作品が過大評価と言ってもいいレベルで評価されるようになった。
本作ではカリフォルニア州知事選での共和党候補の不正行為が描かれていたが、おそらく、今年の大統領選挙を念頭に共和党は不正選挙をやるような連中だぞということが一番言いたかったことのような気がする。本作の製作中はトランプ再選の可能性が高かったから、ハリウッドのリベラル勢も焦っていたんだろうなというのがよく分かる。

まぁ、トランプ自身がコロナに感染し、周囲に感染を拡大させるという緊張感のないことをやってしまい、自ら民主党有利にしてしまったのが、今回の大統領選挙の結果だと思うけれどね。

 

そして、コロナといえば、コロナによって職を失ったり、収入が減ったりした人が相次いでいるし、映画業界でも映画館が営業を停止したり、撮影が中断したりで多くの人が経済的苦境に陥っている。本作における世界大恐慌によって、ハリウッドで働く人たちの給料がカットされる場面というのは嫌でも、コロナ禍の今を思い浮かべてしまう。もっとも、本作の製作中はコロナなんて意識していなかったと思うので、これに関してはたまたま現在とリンクしてしまっただけだとは思うが。

 

本作は作品賞、監督賞、撮影賞、主演男優賞など複数の部門で候補になりそうだが、個人的にはリリー・コリンズの助演女優賞ノミネートも期待できそうだなと思った。
父親のフィル・コリンズは「ターザン」の主題歌“ユール・ビー・イン・マイ・ハート”でアカデミー歌曲賞を受賞しているほか、「カリブの熱い夜」の“見つめて欲しい”と「バスター」の“ツー・ハーツ”で同歌曲賞にノミネートされているが、これで彼女がノミネートされれば、親子揃ってオスカー候補になるのか…。
それにしても、リリーの顔は誰が見てもフィルの血縁者だと分かるのに、リリーは美形と呼ばれ、フィルは面白い顔扱いされるのは謎だよな…。

 

そして、本作は白黒映画だが、本作でメガホンをとったデヴィッド・フィンチャー監督がMVディレクター時代にドン・ヘンリー「エンド・オブ・ザ・イノセンス」(酷い邦題だよね…。正確に表記するならジ・イノセンスでしょ…。まぁ、英語圏の人でもザとジの使い分けが曖昧な人はいるから間違いとは言えないが)とかマドンナ「ヴォーグ」といったモノクロのスタイリッシュなMVを撮っていた頃を思い出したな…。

 

そういえば、本作は配信作品の先行上映で当然、現在のほとんどの映画館で導入されているデジタル上映なのだが、昔、フィルム上映時のロール・チェンジの目印だった“パンチ”が出てくるのが面白かった。古き良き時代の映画感覚を味わってもらおうという狙いなのかな?しかも、その変わり目の編集の仕方が色々と工夫されていて面白い。ロール・チェンジがうまくいかなった時みたいなつなぎ方もあったしね。


デジタル上映になり、パンチは出なくなったけれど、昔のフィルム上映の時はパンチが出てくるから、その出てきた回数で、だいたい今が上映時間のどの辺かって分かったんだよね…。平均すると2時間前後の作品で6〜7巻くらいだから、パンチの回数をカウントしていれば残りがどの位か分かった。最近の映画で長さを感じるのは、このパンチが出なくなり、見ている人間が尺管理できなくなったってのもあるのかも。


それから、昔のフィルム上映時のロール・チェンジというのは、パンチに合わせて映写技師が手作業でやっていたからどうしてもズレが出て、早くロール・チェンジされてしまうと、半秒くらい画や音が飛んでしまうし、逆にロール・チェンジが遅れると黒味が一瞬入ってしまうことも多かったんだよね。そして、大抵の場合、どちらかになり、キレイに乗りかわることなんてレアケースだった。しかも、ロール・チェンジすると色味が前のロールと全然違かったり、映写位置がずれることもよくあった。
そう考えると、今の映画鑑賞環境って、だいぶ良くなったんだなとは思う。
もっともオートになったおかげできちんと確認されずに上映されることも増え、画面の上下が微妙に切れたまま放置されることも増えたけれどね。フィルム上映時は画面の上下が切れていたり、ピントがずれていたり、色味がおかしかったりしたら、映写技師が上映しながら微調整していたからね。

 

そんな、古き良き時代の映画や映画館を思い出させてくれる作品なのに、配信向け映画なんだよな…。とりあえず、限定上映しているうちに映画館で見てほしいとは思う。まぁ、ミニシアターでの上映が中心だから大スクリーンとは言えないが。でも、自宅でPCやスマホで見るよりかは断然、迫力はあるからね。

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