自腹批評

テレビ番組制作者が自腹で鑑賞したエンタメ作品を批評

スパイの妻〈劇場版〉

ベネチア国際映画祭銀獅子賞受賞も納得の作品だった。最近の邦画では珍しく国際感覚を持った作品になっていると思う。

ただ、NHKの単発ドラマに手を加えただけの作品だから、いくら、蒼井優が好演していても、日本アカデミーなど国内の賞レースでは無視されるかもしれないな…。

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また、731部隊の“非人道的人体実験”についても言及されているので、いわゆるネトウヨ思想に毒された人たちが見れば、“反日映画監督が撮ったパヨクのプロパガンダ”と発狂することは間違いないだろう。

NHKといえば、安倍政権時代は安倍政権の大本営発表を繰り返していたし、菅政権になっても菅マンセーをしているが、この作品や必ずといっていいほど、どの作品にも反戦メッセージが織り込まれている朝ドラを見ると、報道とドラマでは同じ局でも思想が違うんだなというのを実感する。

テレビの単発ドラマの劇場版だから、ネタバレとかをあまり意識せずに内容について触れるが、一言で言ってしまえば、周囲に流されて「権力批判する人間=非国民」と洗脳された人が、その洗脳からとかれるまでを描いた作品だからな。まぁ、ネトウヨは本作を見たら、“731はパヨクの捏造”って言いたくなるだろうね。

その非国民洗脳の描写もバランス良く出来ていると思う。妻の蒼井優が夫の高橋一生を疑っている時は、高橋一生が悪役に見えるように話が進んでいく。
ところが、権力批判=非国民・売国奴という考えが蔓延してくると、妻が夫の問題行為を当局に密告するようになるり、妻が悪役に見えてくる。しかも、それまでは洋装だったのに和装になっているところなんて、完全に現在のネトウヨ思想にかぶれた人間の軍人コスプレとか袴姿とかに通じるものがあるしね。
でも、妻が夫が隠れて進めていたことの真実を知ると、一気に非国民洗脳がとかれて、今度は権力(軍など)や、大本営発表に洗脳されている一般市民が悪役になる。
顛末が明らかになるに連れて、悪役の存在が変わっていく=二転三転する展開は、ホラーとかミステリーにカテゴライズされる作品を撮ってきた黒沢清監督の本領発揮と言えるかもしれない。

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まぁ、テレビドラマとして作られたということで、当時の街並みや建物の内部が朝ドラのセットにしか見えなかったり、空襲シーンが音のみの描写になっているのは物足りないかなとは思ったが、全体としては、今の日本映画には珍しい現在の社会にストレートに問題提起する作品になっているのは評価したいと思う。権力を批判できない雰囲気=批判する人間は非国民・売国奴というのは、ここ8年弱の安倍政権・菅政権で日本に蔓延している空気感とまさに同じだしね。安倍や菅を批判すれば、反日・在日と呼ばれる。だから、批判しない。自民党を支持する。そういう空気感が続いているからね…。

 

それにしても、こんなにネトウヨが発狂しそうな映画なのに、東京事変のメンバーが音楽を担当しているとは驚きだ。東京事変といえば、その名前からしネトウヨ思想と親和性が高そうに思えるが、椎名林檎以外のメンバーはそれほどでもないのだろうか?

 

ところで、下世話な話題になるが、東出昌大が人妻に恋心を抱く軍人を演じているのは、どうしても彼が起こした不倫スキャンダルを思い浮かべてしまう。

 

そういえば、本作で高橋一生が演じた夫は自主映画を製作するのを趣味にしていたが、高橋一生が戦時下で映画製作をするというと、どうしても、彼が出演した朝ドラ「わろてんか」を思い出してしまうな…。

それはさておき、本作ではその映画作りが後のシーンの伏線になっているし、夫婦が溝口に関する言及をしたり、山中貞雄作品を見たりするシーンも出てくる。そういう映画愛みたいなものもベネチア国際映画祭受賞につながっているんだろうなとは思う。
まぁ、テレビドラマのバージョン違いだから米国のアカデミー賞のノミネート対象にはならないから、アカデミー国際映画賞の日本代表になることもないだろうし、そもそも、テレビ用作品だから日本の映画界ははなから無視しているとは思うが。

 

よく考えるとスパイって役者みたいなものなんだよな。どちらもウソを本当のように演じるのが仕事だしね。まぁ、映画監督や小説家も似たようなものだけれどね。だから、本作における映画製作をしている夫や作家を目指している甥にスパイの疑いがかかるという話も分からないでもないかなという気にもなってくる。本作のオチもまさに人を騙す映画製作者やスパイならではの爽快なものだったしね。


完全にネトウヨ思想に毒された人はさておき、ある程度、社会派の作品を好む映画ファンなら見て損はないと思う。本来なら単発ドラマではなく最初から映画としてやるべき企画だよねとは思ったが。